大人の矯正治療
大人の矯正治療とは
大人の方の矯正治療では、子どもさん方の矯正治療と違った問題点や、知っておきたいことがあります。 大人の矯正の場合、歯周病がほとんどの方にあることが一つ大きな問題です。そしてその進行度により矯正治療の対応が異なります。歯周病があると、歯の移動の際に、歯肉退縮が発生しやすいのです(個人差があります)。歯肉退縮とは歯茎が下がることです。歯周病のある場合の歯の移動では、大きな移動は避け、少しの移動で最大の効果が出るように計画します。多くの場合抜歯はなるべく避けるようにします。最近は、弱い力を矯正治療で扱えるようになってきたため、大人の方の矯正の適応範囲も広がってきました。弱い力を使うことで、歯肉に対する弊害を少なくします。 歯周病が進行している場合、埋まっている歯の根の部分が少ないため、歯は斜めにしか動かないことがあります。平行に直立したままで移動させたいのですが(平行移動)、埋まっている骨の深さが浅いとそれが出来ず、斜めの動きしか出来ないことがあります(傾斜移動)。アゴの幅も内側に傾斜して倒れこんでいる分は起こし上げて見た目の幅は回復できますが、骨の大きさそのものは大きくすることはできません。頬の筋肉の圧力のある人の場合は外側の骨が薄く、歯の移動によってさらに骨が失われやすい傾向があります。歯周ポケットの増加や、ポケットは増加しなくても、アタッチメントロスを引き起こす傾向もあります。抜歯は避けたいのですが、移動できる土俵が狭すぎてどうしても並びきらないことも多くあります。このような場合には抜歯は避けられないでしょう。大人の方は骨の新陳代謝も若い頃より(例えば小学生などと比べれば明らかです)劣るため、歯の移動の速度も遅くなります。
大人の場合、長年の態癖により、アゴの位置が変位していることがあります。歯はきちんと噛んでいるのにあごがどうもずれてきている。出っ歯がひどくなった、歯のでこぼこがひどくなった、顔がゆがんでいる、昔はすこしのゆがみだったものが、年々ひどくなってきた、などの症状もよく聞きます。それは気づかぬうちの頬杖であったり、噛み癖や、うつぶせ寝であったり、唇の癖、噛んでいる癖、歯軋りや寝ているときのアゴの癖が、歯並びやアゴ、顔を変形させてしまった結果です。上顎の型を採ると、左と右のあごの形が非対称となっていることがあります。例えば右半分が左より狭くなっていると、もし下顎が左右対称であれば、下顎は左にずれないと噛めません。お顔もオトガイが左にずれた顔になります。アゴが左にずれると顔と身体の向きも同じではいられず常に顔と身体の向きがずれていることになります。いつも身体をゆがめていることは健康上も良くありません。動物は左右の対称性が大事です。左右差があることはその個体においてのハンディを表します。このような年月を経た変形を矯正治療で元の対称的な形に戻すことができるので、アゴの位置も頭蓋骨の真下に戻ることが出来ます。
左右から圧迫されて狭くなった上顎歯列では、下顎の咬む位置に遊びがない、ゆとりのない窮屈な噛み合わせになっていることがあります。いわゆる歯列単位でのはまり込みです。これを矯正して下顎が動ける遊びのある、余裕のある上顎歯列にすることで、下顎のバランサーとしての機能を引き出せるようにすると、身体のバランスも楽にとれるなど、矯正治療は健康に大きく寄与することでしょう。あまりに大きく変形してしまった場合は手術を併用しないと大きな変化が与えられません。
常に口唇は歯列に触っているため、習慣的に唇を閉じている人では、あるいは口唇圧の強い人では、上顎の前歯は若いころよりもへこんでくることが多くあります。(もちろん唇は、閉じていることがあらゆる点で良いことです。)よく日本人は口元が出ているといいますが、壮年になった人々の口元は、(もちろん出ている人もいますが)横顔を見ると、若い人々よりも口元が、後退している人のほうが多いことに気づきます。これは長期の上唇の圧力で、少しずつ上顎の歯の位置が歯列ごと内側へ移動しているためです。骨の性情から、下顎の骨は同じ圧力をかけられても吸収は少なく、上アゴのほうが下顎に比べて目に見えてへこんでくるのが普通です。下顎は吸収よりも、上顎の吸収とともに、下顎骨そのものが一緒に後退していくため、全身的な見解からみても、よいことではありません。本当は下顎を健康に良い位置に戻したいのですが、ベストな位置に戻すと、極端な場合、反対咬合になってしまうことさえあります。多くの場合、下顎の前歯がでこぼこになって(叢生)少しでも下顎の本体が後退するのを防いでいます。もちろん反対咬合にすることは現実には出来ませんので、出来る範囲内での変化ということになります。ここが治療の限界です。これが大人特有の矯正治療であり、若い人にはない事情による矯正治療の必要性と治療方向です。
歯並びも歯も使っているうちにだんだん変形し、消耗します。これをリフレッシュすることが大人の矯正の治療です。歯の磨耗に対するリフレッシュは一般歯科で行いますが、使っているうちの経年的な歯列の変形や乱れ、つぶれてきたことによる出っ歯などは、大人の矯正の守備範囲です。若いころより歯並びがでこぼこになってしまい、上顎の前歯が角度を強め、いわゆる出っ歯になってしまう方も見受けます。上顎の前歯がばらばらに飛び出し、隙間の多い歯並びになっている方もよく見ます。このような方々の場合、補綴的に治療をすることが多いようですが、ここでも矯正治療を応用することで、もっと浸襲の少ない治療を行うことが出来ます。補綴的治療では歯を削って差し歯にすることが多いのですが、歯の位置は変わらないため歯の形、長さ、角度において無理をすることが多く、自然な仕上がりに出来ないことも多くあります。噛み合わせもはまり込んだ噛み合わせから脱却できずに終わることもままあり、残念です。矯正治療を含ませることで多くの可能性が開けてきます。 身体は消耗品です。癖のある使い方をするとその癖のとおりに消耗し、機能を減じます。出来るだけ長く歯を使い続けるには使い方にも気をつける必要がありますし、いわゆるメンテナンスが大事です。ドック入りして(矯正して)リフレッシュすることが必要でしょう。
小さいころは家に経済的余裕がなく、矯正治療が出来なかったけれど、自分で稼ぐようになってから自分に投資したい、レベルアップしたいということで、矯正治療を始めることも、とても良いことです。年齢と共に変えられる部分は少なくなってしまいますので、早いうちに決断されるのがよいと思います。歯並びの歪みはアゴの位置のずれを作り、あごのずれは身体のずれを誘発します。身体をまっすぐにしようとしても噛み合わせが不十分だと身体も戻るのに努力がとてもたくさん必要です。不正咬合のうち、歯のはまり込みや、歯列単位でのはまり込みが含まれていると自力での脱出はほとんど不可能です。年齢を問わず、はまり込みは早く解消すべきでしょう。
歯周病の方の矯正治療では、針金をつけると、一気に全部の歯が動いてしまい、コントロールが出来なくなってしまうことがあります。矯正治療では動かしたい歯を動かすには動かさない固定の歯が必要です。通常は大臼歯群にこの役割を持ってもらい、その他の歯を動かします。大臼歯群を基準にして、その他の歯を動かし、評価します。相対的な動かし方しか矯正治療では出来ません。ところが歯周病の方の場合、動いてほしくない大臼歯まで簡単に動いてしまうため、どこに基準があるかわからない波間に漂うような歯列になってしまいます。これを補う方法として歯科矯正用アンカースクリューを使用した矯正歯科治療があります。ただこれにも限界があります。もう一つの方法はマウスピースタイプの矯正治療です。装置代が通常のワイヤー矯正装置よりかかるのが欠点です。
矯正治療後の保定でも歯周病のある方の場合は問題があります。骨の量そのものが少ないと歯がなかなか安定せず、不正咬合が再発したり、新たなタイプの不正咬合を作ったりしやすいのです。歯のゆれが全体にある場合は何本かの歯を連結しておく必要があるかもしれません。また、いろいろな癖が残っていたりすると治療後すぐに不正咬合は再発します。十分な対策が必要です。