ヒトの聴覚を鋭くしているパーツは、もとは爬虫類の下あごでした。
今月の話題は、顎と耳の関係です。
耳は外耳(耳介、耳孔)、中耳(耳小骨が入る鼓室、耳管)、内耳(平衡覚器、聴覚器)から構成されます。
哺乳類の中耳の鼓室には3つの耳小骨が入っています。鼓膜側からツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨です。ツチ(槌)骨は形がハンマーの形をしていること、キヌタ(砧)は槌で布を打つ台のこと、アブミは馬具の鐙に由来します。耳小骨は鼓膜の振動を内耳に伝えています。ハンマーの柄の部分が鼓膜と結合し、ハンマーの頭の部分はキヌタ骨と関節面を持ち、キヌタ骨の先端はアブミ骨と結合しています。アブミ骨は内耳に前庭膜を介してはまり込んでいます。耳小骨は鼓膜の振動を伝えると同時に、テコの作用により、鼓膜の振動の幅を小さくし、力を増し、音圧を20倍程度増幅します。大きすぎる音を聞いたときは内耳を守るためツチ骨とアブミ骨の筋肉が振動を抑えます。そのため、大音響の後は、しばらく耳が遠くなります。ツチ骨とキヌタ骨の間を鼓索神経(顔面神経分枝)が通っており、舌の味覚と唾液の分泌に関係するため、中耳炎などの炎症では味覚異常や唾液の分泌が少なくなります。
爬虫類の耳には耳小骨は1つだけです(耳小柱)。これは哺乳類のアブミ骨にあたり、鼓膜と内耳の間を連絡しています。爬虫類の顎は上方が方形骨、下方が関節骨(後方で関節を造る)、歯骨(歯が生えている)、角骨(関節骨を下からとりまく)、など小さな7つの骨からできています。
人では下顎は下顎骨のみです。耳小柱は方形骨とも連絡しており、下顎の振動を伝えています。
地面に腹ばいになっている爬虫類は地面の振動を下顎の振動として受け、聞き取ります。
哺乳類の先祖である獣形爬虫類は上方側の方形骨と下顎の関節骨を中耳として取り込んだ構造をしています。方形骨はキヌタ骨、関節骨はツチ骨として耳小骨に作り替えられました。
獣形爬虫類は咀嚼筋を発達させる中で筋肉の力がX型にクロスしてかかったため、歯骨の形が筋突起、顎角、関節突起など筋肉の力で変化し、結果的に顎関節の負担を減らし、キヌタ骨とツチ骨を中耳として取り込んでしまいました。哺乳類への移行の中で強力な咀嚼力と鋭い聴覚が発達することになりました。
コウモリなどの場合はさらに聴覚を発達させるため中耳と内耳を頭蓋骨から遊離させ、骨から伝わる雑音を遮断しています。超音波の反射音を聞いているイルカも耳が頭蓋骨から遊離しています。
爬虫類以外には、鳥類、両生類が耳小骨(アブミ骨)が1つのみです。
魚類にはアブミ骨もありません。アブミ骨は魚類の舌顎骨に由来します。舌顎骨の原器は一列に並んだエラのうちの最前端のエラから変化しました。最前方のエラが骨化して方形骨を後ろから支えています。エラ孔として遺残したものが耳管です。顔面神経麻痺の時は聴覚の異常が起こります。アブミ骨筋が顔面神経に支配されているからです。アブミ骨筋も1番目のエラの筋肉に由来しています。
人間の耳のうち聴覚器は、もとは爬虫類の下あごの一部でした。