インフルエンザとプラーク内細菌

今月の話題はインフルエンザとプラーク内細菌です。ウイルスの感染には、ウイルス表面の二つのタンパク、ヘマグルチニンとノイラミダーゼが重要な役割を担っています。ヘマグルチニンはウイルスと細胞を結合する(感染)役割があります。インフルエンザは細菌との混合感染や二次感染により重症化します。肺炎球菌や緑膿菌による肺炎や気管支炎をおこし、死亡率が上昇します。

黄色ブドウ球菌が産生するプロテアーゼはヘマグルチニンを活性化しインフルエンザウイルス感染を促進させます。ノイラミダーゼは細胞内で増殖したウイルスを細胞から遊離させる酵素です。唾液やプラーク中にはプラーク内細菌由来のノイラミダーゼ゙活性が認められ、ノイラミダーゼ産生口腔細菌のうち主要プラーク産生構成菌であるストレプトコッカスミティス、オラリスに高いノイラミダーゼ活性が認められました。ウイルス感染実験では、ミティス存在下では28倍、オラリス存在下で21倍と著しく感染が増加しました。ノイラミダーゼ活性のないストレプトコッカスサンギスでは変化がなかったことから、ノイラミダーゼ産生プラーク細菌はウイルスの放出を促進し感染を拡大することがわかります。

ザナビルやオルセタナビルなどの抗インフルエンザ薬はノイラミダーゼの働きを阻害することにより、ウイルスが細胞から遊離することを阻止し、感染拡大を抑制します。ストレプトコッカスミティスとストレプトコッカスオラリスの存在下では彼らの産生するノイラミダーゼにより、薬剤の効果は抑制され、インフルエンザの感染は阻止できません。プラーク主要構成連鎖球菌はウイルスの感染を助長し、重症化すること、さらに抗インフルエンザ薬は口腔連鎖球菌が産生するノイラミダーゼにより薬効がなくなることがわかります。

口腔ケアが不十分な場合は、薬物によるインフルエンザウイルス感染制御は困難です。口腔疾患保有患者の罹患率と死亡率は疾患のない人に比べて2倍から4倍高いという報告もあります。口腔細菌がインフルエンザの病態進行に関与していることが推察されます。

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)では感染初期を過ぎると長期間にわたる潜伏期間に入ります。この慢性かつ持続的な感染の成立がHIVの特徴で、現在もウイルスを完全に除去することは困難です。AIDS患者においては結核やヘルペスウイルス感染などが発症しますが、口腔内においては重症の歯周病、カンジタ症、アフタ性口内炎が現れます。

歯周病菌であるポロフィロノマスジンジバリス、ヌクレアツムは高濃度に酪酸を産生し、酪酸により潜伏期のHIVが再活性されることが、知られています。酪酸はこの他にも口腔内において歯周病、シェーグレン症候群、関節リウマチ、炎症性腸疾患、上咽頭がん、リンパ腫を誘導します。細胞死の誘導により、局所免疫応答の低下、歯周組織破壊誘導、がん細胞の転移促進、酸化ストレス誘導による細胞破壊などを起こします。腸内環境においては酪酸は多くの有益な作用を持ちますが、口腔内においては様々な為害作用があります。