普段食べている野菜や果物は全部雄性不稔(ゆうせいふねん)?

現代の野菜果物はほとんどが雄性不稔の植物から品種改良しています。雄性不稔はヒトで言うと父系の不妊症です。無精子症などの増加を雄性不稔と結び付けて考える人もいますが、生物学的には関連性はありません。

今月の話題は雄性不稔(ゆうせいふねん)です。花粉や胚のうに異常が起こり、花粉受精ができないことを言います。

 

雄性不稔とは

稲のように一つの花の中に雄しべと雌しべがある場合はほかの花からの花粉で受精することは稀です。そのため雑種の発現はあまりありません。雑種を作るには雄しべを摘み取り(除雄)、掛け合わせたい系統の花粉を受紛させます。しかし畑の中全体にそのようなことを行うには莫大な労力とコストが必要です。

雄性不稔の植物では除雄が必要ありません。最初の雄性不稔の植物は1925年アメリカで玉ねぎに発見されました。以後ほとんどの野菜で雄性不稔の株が発見され、品種改良に利用されています。一般に一代目の雑種(F1)は両親の良いところを多く持ちます(雑種強勢)。F1から得た種から作ったF2になると劣性形質が出るため、品種としては劣ります。

農家は毎年F1の種を種子会社から買わないといけません。この様に作られた野菜のF1は形がそろい、重さが均一で、見栄えが良く、輸送に適したものです。病気にも強く、収穫もいっせいにできるため畑の利用も効率的です。単位㎡当たりの収穫量も格段と増えました。

雄性不稔は細胞内小器官であるミトコンドリアの劣性遺伝子の一つ(r)が働いて現れます。ミトコンドリアは呼吸やATPの合成を受け持つ重要な細胞内小器官です。元々は別の生命体であったものが、10億年以上前に真核細胞と共生することを選択し、ミトコンドリアと共生した酸素を使ったエネルギー獲得を行う生物が進化してきました。

ミトコンドリアは母系にのみ伝わります。細胞質の核の正常な遺伝子(F)はミトコンドリアの不稔の作用を抑える働きをします。野生種ではミトコンドリアが雄性不稔の性質(r)を持ち、細胞質の核遺伝子がそれを抑える遺伝子(F)を持つ組み合わせ(可捻)が多く、栽培種ではミトコンドリアに雄性不稔の遺伝子がなく(R)、核にも雄性不稔を抑える遺伝子がない(S)組み合わせ(可捻)が比較的に多いのです。

栽培種と野生種を掛け合わせるとミトコンドリアに雄性不稔の遺伝子(r)を持ち、核内に抑える遺伝子のない(S)組み合わせを作ることができます(不稔)。不稔細胞質(S)と雄性不稔を引き起こす劣性の遺伝子rrの二つが揃ってはじめて雄性不稔は発現します。不稔細胞質(S)-RR(S)-Rrの組み合わせ、正常細胞質(F)-rrの組み合わせでは雄性不稔は発現せず、可捻となります。

不稔細胞質(S)-rrの母親の系統は花粉ができないので、系統の維持には正常細胞質(F)-rrの系統を作っておき、不稔の母系に掛け合わせることで、母系を維持します。雄性不稔のF1の生産物は(S)-Rrまたは(F)-rrなので花粉もできますし、種もできます。

雄性不稔は動物で言えば父系の不妊症です。このことから無精子症などの不妊症との関連を疑う説もありますが、生物学的には関連性はありません。